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風土改革の実例
~最終幕~

 

ある会社の研究開発部門の風土改革

マネージャーが社長と議論して、いきつく先は改革だった。共有の価値観・アイデンティティー・ビジョンを作るまでの過程を追った実例の物語である。

 

(実例としてのストーリーですが、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。)

NYC Skyline BW

最終幕

改革ミーティングの8回目(社長への中間プレゼン)

 

 本日は待ちに待った社長への中間プレゼンテーションの日である。理念のほうは前回の打ち合わせでバッチリできているが、各事業部門の現状認識と問題点についてはそれぞれが1~2枚のパワーポイントを各自で用意している。西田部長の資料はほとんど概念図で示されており、筆者には絵を観ただけでは理解出来なかったので心配ではあった。社長を待つ間、彼女に質問したところ、言葉にしきれなくてイメージになってしまったということである。軽く説明してもらうと理解できたので一安心した。

 そうこうするうちに社長と専務が会議室へ入ってきた。部長達は特に緊張する事もなく軽く会釈した。社長は白髪で体格が良く、1年前に親会社から来て就任したばかりという人だ。また、技術系出身であるので事さら技術には敏感な人である。私も久しぶりにお会いしたが、いつもの様に非常に穏やかでにこやかな顔をしている。

「やあこんにちは。あの提案を受けてから5ヶ月が過ぎ、今日は非常に楽しみにしてきた。ところで何回ぐらいミーティングをやったん?」

という質問に

「今日で8回目です。」

と誰かが応答。

「そんなにやったんかー、それはすごいなー」

と関西弁でニコニコしながら話している。穏やかなスタートを切った。プレゼンは古葉部長。流石にたたき台を作っただけあって、行間も上手に話している。前半はまずは研究開発理念の承認からだ。パワーポイント7枚程度に、背景・目的・現状認識(7s分析の要点)、出来上がった理念とその解説がまとめられており、丁寧にプレゼンテーションしている。約12分経過したところで、

「・・・・・以上 理念についてご説明しました。ご承認のほどお願いいたします。」 

社長はすかさず、満面の笑みで

「ありがとう。まずは感謝したい。」

「何よりも感謝したい事は、主語が一人称になっている事。この会社は、主語が二人称で語られることが多く気になっていたのだが、今日は主語が「私達は」とか「宣言します」とかの表現になっていて、非常に頼もしく聞かせていただいた。」

社長が気になっていたというのは、何がしか我々が7s分析で見つけて来た暗黙的な価値観である"事なかれ主義"や"責任を取らない体質"を社長自身も感じていたからだ。

「いろんな会議に出るんだが、あそこの部署が。とか、二人称の話が多いのが気になっとったんや。感謝したい。」

そして

「理念のほうも良くできている。いかに短い言葉で社員を惹きつけるかということが大事であるが、"Always Fun for fan”"は、こりゃあいい。」

ニコニコしながら話している。

「メーカーとは商品という価値を作り出してこそメーカーであり、経営戦略と研究開発戦略はニアリーイコールだと思っている。そういう意味でありたい姿、理念を作ってくれているので言う事はない。腑に落ちた内容だ。」

というコメントでかなり喜んでいる様子で話してくれたのである。

「承認してくれということだが、これは部門の長が決めれば良い事なので専務が良ければ私は問題ない。経営会議で決める話でもない。」

隣に座っている専務も

「よくできているので問題ない。これで行こう。」

この専務は営業出身で技術の事はわからないが、今の風土になってきた経緯とか仕事のやり方や組織の変更などの変遷をよくご存知の方だ。

「親会社にM&Aされてから、あれやこれやで皆さんもやらされ感があったのではないかと思う。2008年の頃は営業主体で目先に追われた状況であった。そんな中で研究所に中計がないということを言うようになってきたので、たいしたものだ。研究所が主体となって会社を動かす、営業を動かすという風になってほしい。その入り口に立った感じである。理念は大事だが施策が一致しているか、具体的な施策をどう打つかがkeyとなる。」

まずはお褒めと励ましの言葉である。そして続けた。

「そのえーと、"羊の仮面を被った狼"の話、一見やさしそうだが不親切ということについてなんだが、かつて総務部門で役割を明確にして専門性を高めようとした時期があった。そのときどうなったか。属人的になり、その役割の間の仕事を誰もやらなくなって困った時期があったんだよ。本人たちはそれでいいが、研究員がすごく困ったという話が出てきたんです。そんな事が他の部門や研究所にもあって、いま話があった様な文化になったかもしれないね。」

と専務も我々の分析を支持し、その要因まで推察してくれた。そこへ、社長がコメントしてきた。

「7s分析は、かなり自分たちの悪さ加減をえぐり出したものだと思うし、納得できるものだ。中小企業なのに大企業病の様なところがある。公務員的な感じでもある。」

やはり社長も何かおかしいという感じ方をしていたのである。そしてこうも付け加えた

「過去はいくつもの成果を出してこれまでやってきた部長さん方ではあろうが、今は先に分析した内容にあったような文化を作ってきた責任もある。自分の行動を変え、もう一つステージをあげて欲しいし、えぐり出した自分を忘れないで欲しい。」

主力事業の浜野部長は、この社長コメントに反応し

「ある意味、自虐的ではあったが、冷静に自分たちを見たのは良かったんです。よくわかりました。」

社長は

「現状認識について客観的に自分たちを見たところに本当の意味がある」

と応答。社長の話は、リーダーとして非常に重要なことを言っている。「現場、現実、現物」を客観的に捕まえる力のことを言っているのだ。リーダーたるものこの力がないと何をやってもうまくいかないと考えているのだ。筆者も現場を知らないリーダーはリーダーではないと考えている。この重要なメッセージは本人たちに伝わったのだろうか。少なくともまじめで思慮深い浜野部長には伝わったことだろうと思う。こういうディスカッションがなされて、最終確認の意味で古葉部長から

「承認ということでよろしいですね。」

と発言。社長、専務とも

「OK」

ということで、このパートのディスカッションは終了した。全員とも安堵の表情だった。休憩中に古葉部長から、

「7S分析をしっかりまとめ直したのは良かったですね。社長がかなり喜んでましたもんね。」

と筆者に声をかけてきた。

「そうですね。やっぱり現実をしっかりと分析した上でなければ、施策を打とうとしても誰も納得しないですからね。」

とリーダーたるもの現実を知れと言わんばかりに返事したのであった。

 次に大きな施策の方向性の二つと、それらに関する各事業部の現状認識と問題点についてのパートに移った。二つの方向性とは、1)新たな技術や従来の技術の応用・発展への活性化 と 2)風土改善である。1)では中期計画という言葉はなくなり、その中心的な想いを柔らかく表現していたと筆者は感じた。各事業部門とも現状が異なるし、前回の西田部長の気持ちを十分に汲んだ表現であったのだ。古葉部長のなかなかすばらしい配慮である。そして、古葉部長は

「これら施策検討を進めるにあたって、再度詳細な現状認識が必要と考え、各部間の業態の違いから、現状の認識や問題点にも相違があるので、各部がそれぞれ抱えている現状の認識・問題点を報告したい。2)の風土改善では、チャレンジ、議論、アイデアの育み等を活性化し、研究所内のモチベーションを高めること。いまだ具体的な施策はないが、研究所の自助努力での展開が可能であり、次世代リーダーの育成も含めて彼らを中心に施策の立案を進めることといたします。」

と話を始めた。

 そして、西田部長へバトンタッチ。彼女の事業の話に移った。ここでの話の中心は、商品の計画は作るものの、せっかく開発した商品が途中で頓挫して、仕事が無駄になるという話である。西田部長は、前回のうつむき加減な話し方とは違い、どうどうと問題点を話している。かなり考えつくしてきたことであろう。一つ一つの言葉に重みがある。

「問題は、期中の上市計画変更によるロス・労力が膨大であり、本来の魅力的な商品をすぐ出せる引き出しづくりや市場の動向を先読みする洞察力をつけるといった業務をほとんどできない状況にあります。中長期戦略を立て市場をリードしなければならないのに、それができていないんです。研究所に限らず、全体最適の社内コミニュケーションの強化が必要だと思われます。」

と締めくくった。社長は声のトーンが高く、荒々しくなり、少し熱くなった様子で

「この商品をやるというときに誰がやると決めるのか?決定は誰の責任でやってるのか?」

という質問がすぐに出てきた。これに誰も答えられない。なんとなく決めた計画で、”市場が決める”という風に市場の責任にしているからこそ誰が決めているのか答えられないのである。また決めたことに責任をとるというシステムも存在しないからでもある。商品の上市なので、営業、マーケティング、研究所の3者がそれぞれ責任を持つのだろうが、本当に出すか出さないか、決裁権は一人で良いはずである。社長は、先ほどのコメントに出した「二人称」の話と同じでかなり憤慨している様子である。問題は「握り」 いわゆる契約がなされていないことが問題で、握りに対する責任の所在を明確にするという話ができていないことに憤慨しているのだ。社長からのアドバイスは

「入り口の段階で、このような握りの会を行い、合意して商品開発を進められるような、仕組みや組織、プロセスを再度構築することではないか。」

ということであった。西田部長もこれにはうなずいた。これは、みんなが願ったところである。専務も付け加えた。

「握りのプロセスをつくろう。」

 次は主力の浜野部長である。

「私の理想は、皆が活き活きと楽しく自発的に仕事をし、技術の進歩を着実に行いながら製品開発や安心・安全を担保すること、真の意味で技術者集団となること、他部門に対し影響力のある部になることであります。現状は、取組みテーマが多く、全く余裕がなく、期中でのテーマ追加もあり、優先順位、作業スケジュールの見直しに苦慮している状況でアップアップです。その結果として、研究員として、テーマ遂行の中での遊びや深堀、試行錯誤ができていないし、他社製品・技術、世の中の技術動向(特許等)や製品設計に必要な学術情報のベンチマーキングができていないのです。このような状況で、技術の進歩に対する意識や興味が芽生えにくく社員は成長していかないとも考えます。」

早速社長から反撃である。

「人が成長する時って、目一杯やっているときではないか、作業のボリュームを思うばかり、仕事を与えていないのではないか。過負荷は良くないが多少の負荷はかけても良いのではないか。」

ときた。すかさず浜野部長は

「そういう長期的な仕事もさせていますが、期中に仕事が追加されるとそんなことは到底できない。年計としてあげてはいるものの何もやってない状況が続くのです。わかってください。」

と反論。よくよくディスカッションしていくと、年次計画は部長の想いで100%作っている。そこへ、他部門が浜野部長のところに負荷をかける年計を勝手に作っており、その仕事が期中に舞い込んでくるということが明らかになったのであった。これを聞いた社長は

「なるほど?そんな馬鹿な話があるのか?」

といった感じで、社長からのアドバイスは

「年次計画を作るときに、かかわる部署とコミュニケーションをとるのが当たり前ではないのか。他部署の負荷を使うのだから、気配りを行って、事前に了解をとるのが当たり前ではないのか。先ほど西田部長の時にもあったが、コミュニケーションや気配りが大事なのではないか。」

というものだった。筆者も同じだ。当たり前のことができていない、顔は優しいけど羊の仮面を被った狼が社内のあちらこちらにいるのである。人にお願いするのだから、先に了解をとってほしいと思うのは、私だけだろうか。

 次は古葉部長のところである。

「既存商品群の開発増加に押され、新ジャンル開発には殆ど手が付けられていない状況となっています。開発フローの改善や合理化(開発業務量の見える化、開発フロー指針作成、等)を進めて来ましたが、それら業務改革にて捻出出来た時間も、既存商品群の開発業務に充てざるをえない状況となっています。テーマの選定において計画的な優先順位の検討がされず、場当たり的に開発テーマの決定がなされているのが現状です。さまざまな事業体から開発会議を経ない案件が次から次へと舞い込んできます。断ると大喧嘩。中計の数字だけは残っているので各部門ともその数字を出すのに大変なのだろうとは思いますが、これではまったく、新技術・応用技術開発を行うための戦力確保ができません。」

ここでは、会社として何を優先するのかという決定がなされないまま、人の苦労など関係なく、各事業体の勝手な都合で、どんどんこの部へ開発案件が降りてくるのである。これでは たまったもんじゃない。社長からは

「これも先の二つの部と同じような話だなあ。各事業体をまたがるヘッドあるいは調整部門が調整してやらないとだめかもなあ。とはいっても理想は、そのような調整は各事業体の部門長が集まってお互いにコミュニケーションをしっかりとって進めていけば問題ないとも思えるが、まあ先ほどから出ている暗黙的な価値観が変わらない限り無理だろうか。だとすればそういった権限と責任を明確にしたプロセスが必要なのだろう。専務がその位置にいるので、そういったプロセスを作ったらどうだろう。」

と今度は専務に振ったのである。これは筆者は大歓迎。専務あなたなのですよ。羊の仮面を被った狼は。と筆者は思ったのである。専務はすかさず

「そうですね。そういったプロセスを作りましょう。諸君、いいアイデアを出してほしい。」 

これにて、古葉部長も納得。古葉部長の願うところの合意が得られたのである。社長からは、

「今の本筋と離れるが、古葉部長が言っていた、15%ルールは専任にやらせるという方法はやめておいてほしい。全員に15%を与えるようお願いしたい。」

とコメントされた。真意はこうだろう。誰かだけ先端的な開発を行って、ほかのメンバーは既存の今までの仕事。これでは互いのモチベーションにかなり影響するし、そもそもアイデアは専任だけが発案できるものでもない。育成という観点でも、全体のベースアップにつながるのは間違いないからだと筆者は感じた。

 最後に新規事業研究部野原部長のところである。ここは本人も言っていたが、すでに新規技術の開発など深堀も含めてやっているところなので問題ない。彼女が問題として出してきたのは新規事業だからこそわからない不安であって、筆者の目からは、それはそのまま問題として認識してその解決に邁進することが新規事業系の商品・技術開発の研究であると感じた。社長からも

「それは新規事業だからこその問題ですよね。そのまま問題を解き続けるようお願いしたい。」

とコメントされた。野原部長は”しゃきっ”として

「はい!」

と返事した。顔つきはにこやかだったので彼女も納得したのだろう。

 もうひとつ、管理系の部長の番が来たが、すでに3時間経過している。18:00を過ぎようとしていたので、専務は

「管理部長の話は懇親会の席で。今の4つの事業研究部の部長の話をうまくまとめていく部署だからそれでいいかな?」

と出てきた。確かに資料をみるとそういう話であったので、その管理部長も

「そのとおりです。」

ということで、会議はお開きになった。筆者は数分でも聞いてあげてほしかったと思ったが、さすがに社長・専務・そして本人もそれでいいというのだから、あえてその決定に従った。

 そして、お決まりの様に懇親会へなだれ込んだ。懇親会はかなり盛り上がった。理念は承認され、問題認識が社長と共有でき、施策の糸口が見えたからだ。古葉部長の噛み付きから5ヶ月。社長が理念を作れといって始まったこの改革は中間点で一段落したのである。古葉部長はほっと一息という感じで、今日はかなりリラックスして飲んでいる。この懇親会で社長と議論しているのは、今度は主力事業の浜野部長である。技術的な話、開発の話で社長とかなり議論している。技術者通しのすごく素敵な議論である。社長も技術者。オープンマインドで話をしているのが印象的だった。

 筆者が作ったお膳立てはいったん成功。客観的に問題を見える化して、社長にしっかり現状を見せること。ここが重要なポイントであった。客観的な分析を通して、自らの問題を洗いざらいにした上で、一石二鳥、三鳥を狙う。そしてVMVを腹に落として前へ進む。リーダーにとって重要なことである。このことは全員が身にしみて感じたはずである。いやぜひ感じ取ってほしいと思った次第である。  

 そして懇親会の場では、

「風土改善で研究所独自にやっていく部分は、こんどは次長クラスですよね。」

という話をしていると、

「次長クラスではないが、まだ会社に何人か残っているので懇親会に呼びましょう。」

という話になり、3人の若手が合流した。これでまた会は盛り上がり筆者も久しぶりに飲みすぎた。おかげさまで帰途は大変。電車は乗り過ごして引返したり、たどり着いたのは夜中の1時。またやっちゃった。と反省である。

改革ミーティング8回目

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