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風土改革の実例
~第3幕~

 

ある会社の研究開発部門の風土改革

マネージャーが社長と議論して、いきつく先は改革だった。共有の価値観・アイデンティティー・ビジョンを作るまでの過程を追った実例の物語である。

 

(実例としてのストーリーですが、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。)

NYC Skyline BW

改革ミーティング 3回目

 前回から6日目にあたる。理念・行動指針の宿題は当日の10:00までに1名だけしか提出されていない状況であった。筆者も忙しくその1名すらも内容を見る暇が無い。他の人は会議には間に合うのだろうか?と疑問を感じながらも移動の電車の中で今日の会議の進め方を考えていた。確認すべきは、まずは暗黙的な価値観のどこを是として、どこを否とするのかという事をやっておかなければならない。前回フリーな話で終わっているので、全員がそうだと納得したものでなければならないのだ。ここが前提となるので、しっかりと確認が必要である。そして本題にはいる。本当ならば、その価値観がどんな行動から身についてきたものかを確認しなければならないとも思えるのである。それは何故かというと、その行動を変えなければいつまでたっても価値観は変わっていかないからである。組織に根付く暗黙的な価値観を変えるには、行動の仕方や仕事のプロセスを変えていく必要があるからである。しかしながら最初の段階からなぜなぜを繰り返し、その原因となった行動を振り返り特定して行く作業は疲れるであろうから、7S全般に渡って取り組む施策を考える時に回そうと考えた。

 そんな心配もどこ吹く風という感じで会議はスタートした。やはり前回の確認をしたのはよかった。

「羊の仮面を被った狼はなんだったんでしょうね」

とか、

「全員が納得していなければ後で蒸し返す事になります」

という話を筆者がしていると、

「もう一つ気になった事があって」、

という話が出てきた。

「社員の視野が狭いとか今の技術の範囲でやろうとするとか、深堀が甘い」

といったようなことだ。部長達の

「若い頃は普通にそれができていたのだが、なぜ今の人はできないんだろうか」

という話になった。彼ら自身は

「誰かに育てられたという実感よりも、その様に自分から育ったんだという実感がある」

という事であったり、また、時間が無いせいか

「こうしろああしろと言ってしまっている自分がいる。」

という事だった。教育に関して聞くと、

「コーチングだとかそんなものはない」

と言う感じ。結局、時間がないから結論を先に言った方が楽なのである。

「いつもとあとから気づくんです。ああだこうだと言って、その瞬間言い過ぎたかもしれないと思って、結局、最後には好きなようにやればいい、と言ってごまかしているんですよね」

という話まで飛び出した。だから言われた事しかしないんじゃないですかとの問いに

「うーんそうか!」

という感じである。これは第2事業研究部の浜野部長であるが、かなり反省の意味も込めて話しているようだった。そういった事に彼らが気づいた事は本日のもう一つの大きな収穫であった事であろう。

 そのあと、暗黙的な価値観を仮にでも言葉にしておいたほうが良いということで、これについて議論して行った。ホワイトボード担当は西田部長である。出た意見を刻み良くホワイトボードに書き込んでいく。そして、似通った意見には関連させて線をつないでいくのだ。筆者もずいぶん感心したので、彼女に議論進行は任せたのである。そして、ある程度たったところでまとめの作業をお願いし、暗黙的な価値観は、

「事なかれ主義」

「安心安全」

「上司が答え、指示を出す文化」

となった。ここは繰り返し出てくるようになるので全員が納得していますかという問いには全員OKであった。そうしてある程度の現状認識は揃った感じになった。

さて、やっと宿題に出していたありたい理念のところへ話題を振ったところ、先の心配はよそに、全員がそこそこ考えて言葉にしてきていた。何となくそう思う事であったり、スローガンを昨年末考えた時の部員の言葉だったり、「精神的な」と本人が言っている哲学的なものであったりした。その中でも驚いた事が起こったのである。筆者が出した宿題の理念について、

「理念とは一体何なのか?、やっている内にわからなくなってきたので、この3連休で調べて勉強しました」

と古葉部長が言うのである。そこで出てきたのがVMVである。そこにはビジョンやミッションも日本語に直して如何にも日本人にはわかりやすい言葉で書いてあったのである。そして、そこにはそれらしい事が古葉部長の気持ちに乗せて綴られていた。古葉部長は

「他の会社の理念を見ていると、特に欧米形の会社の理念はすごいので真似してみました」

と言ってきた。それに加え行動指針もしっかりと綴られていて、他のメンバーは唖然とした感じであったのだ。それにしても短期間であるが外から吸収する力は相当にすごい事だと思ったし、かなり積極的に取り組んでいただいているとも感じ、嬉しい限りであった。そして次に理念をどういった形としてアウトプットして行くのかというステップである。アウトプットイメージはどうするかとの問いに、VMVはわかりやすいと飛びついたのは新規事業研究部の野原部長であった。他にも文章にして表すパターンや想いを込めた「我が信条」「◯◯ウェイ」など、いろいろある事を紹介した。その中から彼らが選んだアウトプットイメージは簡潔明瞭に伝えたいと言うことやVMVはロジカルでわかりやすいという意見が多く、結局VMV+行動指針を短いワードで作って行こうという事となった。やはり技術系集団である。ロジカルになる方がわかりやすいのは納得の行くところである。 VMVを作るに当たって、KJ法を使う事にした。先ずは宿題も含め、盛り込みたい想いについてキーワードなり文章なりをポストイットにどんどん書きこむという作業を行ってもらった。KJ法とは、これらの似かよった事を集めて、その集団に、ある意味の言葉をつけてみるというものだ。作業を進めて1時間程度経った頃だっただろうか、ホワイトボードは一杯にはならず、どちらかというと隙間が多く白いボードの面積の方が多い感じである。その時、ある部長から

「私達だけで無く、全員参加でやろう」

と声が上がり、他のメンバーも即座に反応してそれは良いかも。という話になったのだ。

「このホワイトボードを食堂にでもおいて1週間ほど書き込んでもらおう。」

筆者はこれにはまた驚かされた。社員全員が プロセスに参画する事はとても良い事だと常日頃思っているからだ。また、付け加えた。

「なんとオープンなマインドだろう」

と。そうすると返事がこうだ。

「え?普通ですよ。」

これまたびっくり。筆者が多く見てきた会社の文化の違いを見せられた瞬間だった。筆者はさらに質問した。

「VMVはリーダーが先ずは示すものなので、現状のスカスカのホワイトボードを出していいのか?ここにいるリーダーはその程度しか考えていないのか?という社員の不信感には繋がらないのか?」

そうすると、

「うちは大丈夫」

と全員が口を揃えて言ったのだ。多分大丈夫なのだろう。筆者は心の中では、ここにいる人達はリーダーとして本当に大丈夫なのだろうか?仲良しクラブの委員長ではないのか。とはいうもののそれは 善として信じる事にして、そのまま話を進めた。そして、3枚の模造紙に、Mission(私達はなぜ、誰のために研究開発しているのか)、vision(私達は何処へ行こうとしているのか)、values(ミッションビジョンをやるのに、私達の大切にしている事は何か)の3つを表題にして、先ほどホワイトボードに貼り付けたポストイットを模造紙に張り替えた。そして社員への案内は西田部長がたたき台を作るので、全員で確認して明日中に実施へ移る事になった。

次回の会議にて再度KJ法を使って整理する事にして、今日の会議は3時間で終了した。例によって夜の飲み会となり今回参加したのはVMVを作ってきた古葉部長と研究管理部の鈴木部長2人だけだった。話題はオープンマインドが気になっていたので、これについて筆者からふってみた。

「あの模造紙を出して、本当に大丈夫なのだろうか?」

と再度質問した。

「リーダーとはVMVをしっかりと持っており、それに人がついてくる桃太郎のようなものなので、あのスカスカのホワイトボードを見せる事で不信感が募らないか?」

すると研究推進管理部の鈴木部長から手厳しい意見が出た。

「実は自分が責任を取りたく無いので全員にふる事によって、全員で決めたという事にして、責任逃れをするという受け止め方もできる。」

という事は、暗黙の価値観というところで話をした「事なかれ主義」みたいな事と一緒ではないか。この段階では、言った本人も

「仮説なので」

と付け加えた。 隣に座った古葉部長は、リーダーの話を聴いた後であったせいか、

「もしかしたらそうかもしれない」

という感じで、はっきりした返事はない。オープンなマインドか、事なかれ主義もしくは責任逃れか?この飲み会でははっきりと答えは出なかったのであるが、筆者は少なくとも今のままスカスカのホワイトボードを見せるのはまずいと思ったので、その鈴木部長に明日宿題を出すようにというお願いをした。宿題は、

「VMVの範囲の中で一番実現したいことを優先順位をつけて3つまで考えてポストイットを張り出すもしくは必ず考えておくこと」

というものだ。ポストイットを新たに張り出さなくとも、腹の中には「こうしたい」という何か熱いものが欲しかったのである。また、部員の誰かに聞かれた時に 即座に反応して語って欲しいとも思ったからだ。彼ら部長達に社員から信頼されなくなる事が改革には一番の痛手でもあるので、早めに手を打とう思ったのである。

そして翌日文書が発信された。

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全研究所員の皆様へ

件名:ありたい姿の模造紙への書き込みについて

皆様こんにちは。首題の件について以下の通りお願いがございますので、ご協力のほどお願いいたします。

【お願いの背景】

現在、この研究所の部長5人により、我々の研究所を、「将来、どのようにしていきたいか。」「そこで働く私たちは、どのようになっていたいか。」ということを、分かりやすく明文化し、それに向けた施策を計画し、実施していくような活動を始めました。

【お願いの概略】

今回は、それに向けて、「皆さんにとっての理想の研究所の姿、ありたい姿」、「自分たちの理想の姿、ありたい姿」について、忌憚のないご意見をお伺いさせていただきたいと考えています。

【具体的なお願い事項】

食堂にある模造紙に、同じ場所に設置してあるポストイットを使って、皆さんのご意見をお知らせ下さい。

模造紙の掲示期間:本日から、3月9日の朝9時まで

【補足説明】

模造紙は3枚ありますが、

一枚目:Mission(私たちはなぜ、誰のために研究開発をするのか?)

二枚目:Vision(私たちはどこに進もうとしているのか?)

三枚目:Values((上記、2点を達成するために)私たちが大切にしていることは何か?)

という、構成になっています。書きやすい項目だけでもOKですし、分類に悩んだ場合は、とりあえず貼っていただければと思います。

(枚数などの制限はありません。)

【最後にもう一度】

皆さんとともに考えたいと思い、このような形をとらせていただきました。一人でも多くの皆さんからのメッセージをお待ちしています。

研究所 部長一同

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西田部長が作成したこの内容は、非常にフレンドリーで一緒にやろうという気持ちが現れた文章になっている。昨晩心配したような事は、この文章を見る限り少しも感じさせない感じに仕上がっている。さて、どの様な反応になるか、どの程度の書き込みになるのか、8日後が非常に楽しみである。

改革ミーティング3回目

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