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風土改革の実例
~第4幕~

 

ある会社の研究開発部門の風土改革

マネージャーが社長と議論して、いきつく先は改革だった。共有の価値観・アイデンティティー・ビジョンを作るまでの過程を追った実例の物語である。

 

(実例としてのストーリーですが、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。)

NYC Skyline BW

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改革ミーティング4回目

 

  改革ミーティング4回目の朝が来た。あれから1週間が過ぎたが、ポストイットは集ったのだろうか?昨日、親会社のビルで研究推進管理部の鈴木部長とあったのだが、

「模造紙は埋まったんですか?」

の問いに首をひねりながら

「そこそこ?うーん、あんまり?うーん、自分たちも貼っているので、どれ位社員が貼ってくれたかは分からないんです。」

という具合にはっきり答えられない状況だったので、あまり期待しない方が良いとも感じた。本日は、KJ法により、ポストイットを分類して、その塊から、何を言わんとするのか、また、5人の部長の意志や熱い想いが込められたものへ仕上げていく必要がある。

  会議が始まるや否や、その模造紙は貼り出された。何も言わなくとも古葉部長が持って来て張り出しているのである。そのポストイットの数は相当なもので、模造紙の紙の色ではなく、ポストイットの色で埋まっていた。よく見ると鉛筆で薄くグルーピングされていた。古葉部長が自分でさっとやってみたということである。この模造紙を見るや、全員が椅子に座る事もなく模造紙の前に集まって来た。

「どれどれ、どうなった?」

という感じで全員がやる気満々となって、順調に会議はスタートした。全員が座っていない。席に用意されたホットコーヒーすら視界に入っていない様だ。模造紙の前で腕組む人、この意味はどういう事だろうか?とブツブツいっている人、全員の目でああでもないこうでもないと言いながら、グルーピングしていく。社員の多くが貼っているので、ポストイットに書かれた内容の意味を解釈するのに、ひとつひとつ確認していくのは大変な作業だ。

  さて、古葉部長がグルーピングしたvisionの中には新しい価値を生み出すという名称のグルーピングがあって、30%~40%ぐらいのポストイットが集っていたので、筆者から質問した。

「新しい価値を生むのは研究所のミッションではないんですか?」

すると、

「確かにそう言われるとそうですねー」

という感じだったので、ここはひとまず、ミッションへ移動する事で収まった。しかしながら、

「これがビジョンに入っているという事は、よっぽど新しい価値を生み出している実感が社員にはないんでしょうか」

との質問に、

「そういう感じかも」

と古葉部長は反応した。またそのポストイットの数も多いのでよっぽど新しい価値を生んでいないし、やれていないと感じているのだろう。valuesに関しては、その部長もお手上げの状態で、どう分類するかは慣れていないのか、ちょっと引き気味である。そこで登場したのが西田部長である。かつてそういった事には慣れている彼女は、テキパキとグルーピングしてはグループにネーミングしていったのだ。その中で苦しむのは、これはvisionかミッションか、といったロジカルに考えた時にどっちなんだという事である。こういったどっちなんだということを議論をしながら進める事でさらにVMVの理解が進んで行くのである。2時間程度議論しながらグループのネーミングを行っていくのであるが、このグループの意味するところは何かという点が深く文化や習慣を洞察する事になるので、あえて急ぐ事はせずに十分に時間をかけたのであった。

  そして、グルーピングされたものを再度ホワイトボードへ整理していく作業へ移った。そして整理されてきたものは、次のようなものとなった。

   

Vision: 1)チャレンジングでイノベーティブな組織

           2)社内外から信頼、感謝、必要とされる組織

           3)プロフェッショナル集団

           4)進歩前進、改善から改革へ

 

Mission:1)誰のために

              お客様、社会、会社、自分

           2)世の中にない、お客様の期待を超える価値を生み出す事

 

values:1) お客様の気持ちに寄り添う事

             1-1)安心安全

             1-2)優しさ

           2)技術の追究

              2-1)チームワーク、知の共有

              2-2)挑戦

           3)結果ではなく成果にこだわる

            4 先見性、客観性

            5 自主性、主体性

 

 この様に時間をかけて分類を行った。少し解説していくと、VisionとMissionは読んで字の如くである。valuesから解説を加えて行く事としよう。お客様の気持ちに寄り添う事は顧客にしっかり根ざすという事を本当に大事にしたい、そして安心安全はもとよりお客様への優しさは忘れてはならないというもの。2の技術の追究においては、追究する事が、VisionやMissionの達成につながると深く信じてやりたいし、現在は突っ込みが甘いので加速したいという気持ちの現れである。また、知の共有とかチームワークは創造性の発揮には不可欠で、さらに言うと、現在では不親切な面も改善したいという気持ちである。また、挑戦は、言われた開発しかできないのであればそれを打破する気持ちを植え付けたいとするものである。3結果ではなく成果にこだわるは、研究開発の結果としては技術的には得られるのであるが、それがお客様の手に渡り、利益を上げているかという点にもっと技術者は注意を払うべきだという気持ちである。4先見性と客観性は、技術者として広く世の中を見て、現状の最先端の技術は何か?とか、次にどんな世の中になりそうなのかという予測を行う能力を持ちたいし、それを客観的に判断できる資質も持ちたいという事で、現在の内に篭った狭い視野から打破していきたいという気持ちである。5自主性及び主体性であるが、言われて開発をスタートするだけではなく、自ら問題や課題を発見して、忙しいながらも時間を創り時間を駆使してスタートするという主体性が欲しいという気持ちである。

  まだまとまったわけではないが、現在のよくも悪くも暗黙的な文化を打破する時に必要な価値観は出揃った感じではあった。

  次にMissionについて重要な発見があったので補足しておく。よく見ると開発系の部門であれば、どこでも持つようなありふれたMissionになってしまったので、古葉部長から

「これだとどの会社でも同じではないか、もっと強い想いを表現できないか」

という意見がぶつけられたのである。そして出てきた言葉が

「エンジン。うーん、、、、創造エンジン。原動力。」

であった。ズバッと思いを込めて腹の中から押し出す感じで話をしたのであった。これには筆者も驚いた。前へ進むという熱い想いも含み、パワーを生み出す組織、商品を生み出す原動力を持った組織、などいろいろと想像させるものがあり、また、そのミッション、アイデンティティを端的に表現出来たからである。エンジンといえば、リーダーシップを生み出し続ける組織を「リーダーシップ エンジン」と呼んだノールMティシー*1)、の書籍を思い出した。この書籍の場合、リーダーシップが対象であるが、今回のこの場合、商品や技術を生み出し続けるエンジンと称しても全く異論はなく、むしろ歓迎できる表現であった。またこれはリーダーシップを対象に含んでも良い内容でもあるので筆者はすごく気にいった。他の部長もこの意味は気に入ったらしく、「エンジンよりも原動力のような日本語がいいなあ」というように話が盛り上がっていったのである。そしてホワイトボードのMissionのところへ、次のように大きな字で加えられた。

      「将来をつくる  創造エンジン、駆動力」

  こうして、理念の骨格は作られた。後はどう表現するかである。言葉の使い方によって伝わり方は微妙に異なってなって来るので注意が必要である。従って、表現の確定は、今少ない時間で考えるよりもじっくり考えてもらった方が良いので、宿題とする事にした。

  次に、これら理念を実現するために6Sに関して何をやって行くのか、会議終了予定まで残り30分間であるが、前へ進める為にフリートーキングをしていった。7Sのうちシェアードバリューはある程度まとまったので残りの6つのsについてである。あくまでもフリートーキングなので各部長が一番やりたい事を本音で話してもらう事にした。一番先に出てきたのが3M社の15%ルールである。新しい価値を生むには、時間を創出して自由な研究ができる環境を作らなければならないというのである。これには全部長が質問攻めである。

「全員を対象とするのか?」

「新規の研究開発は新規事業研究部でやっているので研究開発投資の15%まではいかないが新しい事をやっているのでは?」

「そもそもこんなに忙しいのに15%も時間が作れるとは思わない」

などである。その議論の続く行き着く先は

「時間をいかに創出するか」

というテーマであった。なぜ時間がないのかとの筆者の質問には、ありとあらゆる回答があったが主なものは次の二つである。

「マーケティングサイドからの開発案件を断れず、言われるがまま開発しているからなんです。」

もう一つは

「時間が出来たとしても、意図的に開発のスピードを落として長引かせるという事であるかもしれない」

だった。この二つ目には他の部長が噛み付いた。

「それは遅くしているのではなく、スピードを上げた開発では深く検証するための確認が足りない場合が少なくなく、時間がある場合はその確認に時間をかけているのではないか」

との反論も出た。ただ、反論している部長の組織にあっても時間に余裕がないという事は共通であった。他にも様々な意見が出たが、あくまでもフリートーキングなのでまとめる事はせず、言いたいように言わせてほっといたわけであるが、このフリートーキングでの結論は

「余裕がない。時間がない」

であった。そこで、二つ目の宿題は、

「時間を創出するための仕組みを考えて来る」

ように追加したのであった。

  最後に筆者は次のように再度説明した。

「7S全般に渡ってその関係性をよく考えながら施作を考えて来るように。」

また、

「7Sはお互いに大きな関係性を持つので、施策がバラバラになってはならないし、同じ方向に進むのに、現状のある仕組みが邪魔をする場合が多いので施策を決める際には注意が必要である。」

また、こうも付け加えた。

「いろんな施策をやっていった結果、理念に掲げた言葉のような組織になっている事が重要である。理念を読みあげて、そうするように訴え、意識改革を図ろうとしても、行動には反映しにくいものなのである。だから、逆に7Sを施策レベルで実施して行く事により、段々と理念と一致した行動ができるようになるのである。」

こうして、第4回目は終了した。

  宿題を確認しておこう。VMVの表現を考え実際の案を作って来る事。そして、時間を創出する仕組みなどの施作と7S全般に渡る施策を考えて来るというものである。

 

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*1:リーダーシップ・エンジン:ノール・ティシー、イーライ・コーエン(一條和生訳)「リーダーシップ・エンジン―持続する企業成長の秘密」、東洋経済新報社(1999)

簡単に解説すると、企業(組織)にとって持続的発展することは重要なミッションである。さまざまな議論はあるが、どうすれば企業は持続的発展できるか?ノール・ティシーの主張の興味深い点は、リーダーの育成にこの視点を置いていることにある。つまり、持続的な発展が可能な企業とは、現世代のリーダーが次世代のリーダーを生み出すことのできる企業であるという主張である。これはきわめて興味深い。逆の視点からみるとよく分かる。飛躍的に発展した企業には、大抵、優れたリーダーがいる。ところが、そのリーダーが次の世代にリーダーを生み出していないと、発展がストップしてしまう。優れたリーダーたちが創り出した商品や技術がそのライフサイクルを終えると、組織そのものも縮退してしまう。そのような組織を作らないためには、リーダーシップがエンジンとして引き継がれていくことが重要である。そのような指摘をしている本である。

 

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改革ミーティング4回目

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