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風土改革の実例
~第5幕~

 

ある会社の研究開発部門の風土改革

マネージャーが社長と議論して、いきつく先は改革だった。共有の価値観・アイデンティティー・ビジョンを作るまでの過程を追った実例の物語である。

 

(実例としてのストーリーですが、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。)

NYC Skyline BW

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改革ミーティング5回目

 

  宿題が5人揃ったのはあれから2週間後である。VMVの骨格を整理したにもかかわらず5人が5人とも全く異なる感じで提出されたのであった。彼らにしてみれば、同じことを考えているかもしれないのだろうが、前回せっかく整理をしたにもかかわらず、何となく違うのである。成長エンジンと叫んでいた古葉部長の提出資料からはそれが消えていたし、推進管理部長からは、忍耐という価値観が新たに出てきたり、また、表現して行く内に分類出来なくなったのかもれないが、VMVが分散してしまっている部長もいた。そこで、こちらで、全員が提出した資料をエクセル表で一覧性を持たせるように編集して、メールで宿題を出した。

「当方でも考えてみますが、皆様、前回打ち合わせた骨格に沿って整理し直してみてください。」

筆者もしばらくはこの一覧表とにらめっこが続く。

  しかしながら、あれ程「創造エンジン」は盛り上がったはずなのに言い出しっぺが取り下げるとは思いもよらなかった。含みを持たせた表現のようではあるが、かなりインパクトという面では後退していたのだ。

「お客様の毎日の暮らしの中に、一つでも多くのABC品質の商品をお届けし続けます」

である。他の女子部長2人はしっかり含みを持たせて記載していたので、筆者の頭の中では復活させようと考えている。その西田部長の表現したものはたとえばこうだ。

「私達はすべてのお客様にありがとうと言っていただける商品作りに務めます。そして私達は新しい発想や確かな技術で価値を提供し続ける我が社の創造エンジンであり続けます。」

見事に前回の骨格を利用して文書化しているのである。こうやって全員のMissionをみていくと、ある事が頭に浮かんだ。Missionのところは、まさしく使命とアイデンティティの両方を記載している事になる。私達は何者か?という存在意義をも明確に表現しているのである。この2つを明解にする事で納得感とインパクトを持たせるようにことができると考えたわけだ。

  アイデンティティの意味を今一度確認しておこう。辞書によれば、自己が環境時間の変化にかかわらず、連続するものであること。主体性。自己同一性。こう書かれるとなおさら理解しづらいが、自分の存在意義と考えて良い。また、アイデンティティとは、それによって人や物をidentify(同定)できるような性質のことだと考えても良い。identifyとは、日本語では「同定」と言い、ある物が確かにそのあるべき物とidentical(同じ)であるということを確認することである。

  そして、当日が来た。

今日はVMVを一旦決めてかかる重要な会議となる。皆やる気のようだが、途中の宿題はやって来てもらったのだろうか?

やはり誰も手をつけてない。指示がないと動けないのだろうか、慣れていないからやれないのか、という疑問は押し殺しながら、まとめの作業にはいる事にした。ビジョンからスタートした。様々な表現があるのだが、まずは、新しい価値をいち早く創造するというような文章に全員の目がとまった。

「first one とは、どういう意味?」

との筆者に質問に、西田部長は喜んで、

「first one 以外の表現は難しいんですが、本当にやりたいことは、一番最初にやるということで、誰にも負けたくないんです。」

と本音が出てきた。他の部長からは

「それならば、first one にプラスして big oneではどうか。」

「一番早くやるだけでは、しょうもない商品だけになりそうなので、big oneも必要」

ということである。いいディスカッションの流れであった。ここに多くの部長は共感するのだが、筆者から一つだけ質問した。

「品質管理や保証の仕事、あるいはルーティンを回している社員に響きますか?」

そうすると、それをやってる部長は首をひねった。

「そうかも」

である。また、これに加えて、

「first one をやるということは、基盤技術や基礎研究が増えることになりそう。そうではなくて、開発系の我々の場合、二番手でもいいから、いいもの、さすが研究所!とお客様や社内外の関係者から言われたいんだよ」

と来た。そこである部長が書いてきた

「Fun for Fan !」

という言葉に目が映った。この言葉は皆ひっかかるようで、とりあえずこの場はこの言葉を後で使ってみるつもりでパーキング。結局、ある部長の書いてきたものに、前回話をしたビジョンに包含したい4項目の内容を盛り込んで、

「常に改善改革し、確固たる技術でお客様の信頼を得るプロフェッショナル集団となる 」

として一旦この話しを終わらせた。ビジョンは普遍的でスピリチュアルな世界で描くものもあれば、現実目標をもった夢として語られる場合もある。筆者はこのことを説明した上で、現実目標を持ったビジョンであれば、変わっても良いということ、ミッションやバリューズを決めてから再度検討すると、さらに、見えて来るものがあるということでいうで、決めてかからずに次へ進んだ。

  次にミッションへ。成長エンジンと言っていた部長は、この議論にはいる前に訂正をして来た。

「考えれば考えるほど、丸くなってきちゃって、どこかの広報になってしまったので、元に戻す」

という訂正をして来た。言い出した本人だけに、丸くなったものを見てまずいと思ったのだろう。筆者が指摘する前に自分で修正して来るのでさすがである。さて、それはさておき、ここは原動力か創造エンジンかという議論であったが、創造エンジンが皆さんのお気に入りのようでさっさとこちらに決着した。後は、何の創造エンジンなのかをはっきりわかりやすく短く伝える文章作りであったが、この様に決まった。

 

【明日を拓く価値創造エンジン】

    ー 私達は、新価値・新技術で明日を創ります。ー

 

「誰のために」は、当たり前すぎなので、ここには入れなかった。valuesのところにお客様に関することが出てくるので、わかりやすくするためにも、外したのである。

  さて、最後はvaluesである。ここはまさにバラバラの状態であるのは誰が見ても一目瞭然であった。そこで、前回の会議で話して意味合いを整理した項目通りに再編して見ましょうとの提案に皆了解したので、その作業に取り掛かった。作業方法はこうだ。1)お客様の気持ちに寄り添うこと という前回のまとめに関して5人が宿題で表現してきたものを再度グルーピングした上で、ここでの本当に大事にしたい事とその表現をどうすれば社員に伝わりやすいか、そして最後に短く端的に表現するという三つの視点で議論を重ねるという方法である。この作業を全員が書いてきたものについて漏れなくやっていった。この方法で議論をしていると途中、親会社が理念に使っている言葉が出てきた。ここにはある部長から

「それはやめよう」

とあっさり拒否。なぜなのかとの問いに

「親会社の真似で親会社に媚を売ってるような気がするので」

という答えが帰ってきた。こんなディスカッションにもその会社というか個人の哲学が出て来るのである。一瞬筆者は思った。いいものをいいと言わない、"異”とか“be different"を信念として持っている部長らしい反論だった。(これは個人的な哲学ではあるが、この部長の様々な言動を通して筆者が感じた事を素直に本人に

「"異”とか“be different"といった価値観がありますよね」

と話し、

「その通り」

と休憩中に回答をもらった事が、この会議の前に実はあったので、そう感じたのである。) 価値観が決定に影響するというのはこういう事なのだ。これには誰もが否定をしなかったので、おそらくは共感したのであろうと筆者は思った。これについては、深く突っ込まずに議論を進め、そして以下のようにまとまったのである。

 

【お客様の気持ちで、技術を極める】

【新しい技術と可能性を探求する】

【自ら考動する】

【互いを認め、アイデアを育む】  

 

かなり、端的にそのvaluesを表現できたと筆者なりに喜び、部長全員も同様に納得し満足気であった。そして先送りしていたビジョンに戻って議論を始めた。先ほど決めたビジョンはここまで来ると、皆に貧弱にも見えたのか、valuesに想いが入っているのであえてビジョンに“改革"だの“挑戦”だの入れる必要は無いんではないかという議論になってきた。その通りで、本当に目指すものについて想いを込めて表現でき、誰もが目指すものとして共感するような表現に絞ったほうが良いのである。良いビジョンほど魅力があるものである。かつての英雄はそういったビジョンを掲げ社員や国民を鼓舞した。例えば、本田宗一郎は、「マン島TTレースで優勝して世界へ羽ばたくんだ!」と言ったように、ケネディが「1960 年代の終わりまでに人類を月へ送り込むんだ!」と言ったような事である。短く魅力的なビジョンをと、簡単には紹介したが、彼ら自身がこういった魅力的なビジョンが必要なのではないかと気づいたのである。こういった改革を進める時、本人達が如何に気づきを得るかという事はことさら重要な事であるが、まさしく毎回会議のたびにこういった気づきがあるのでずいぶん成長したことだろうと思う。そして、最初にパーキングした「Fun for Fan」という文字が再度みんなの議論の対象にあがり、非常にキャッチーで、音の響きもよいし、何より目指そうとするところを端的に表しているということで、議論の末出来上がったビジョンはAlwaysを加え、以下の通りとなったのである。

 

【Always Fun for Fan】

社内外の全ての関係者から信頼され、愛される研究所になります。

 

「Always Fun for Fan」というキャッチコピーのような言葉だけ伝われば良いのである。また、後ろの解説のような言葉はいらないかもしれない。社員一人ひとりがfun for fanを目指せれば良いのである。

    こうやって、一旦VMVは決定した。都合3時間程度の議論に結果が出て、皆ホッとしたという顔で、ここから先施作の議論に入る余裕はなかった。施作も宿題としていたが、横並びのまとめ表を筆者も作ってないし、部長さん達も作ってなかったので、施作の一覧性を持たせた表を宿題として作ってもらうように古葉部長にお願いした。また、本日のVMVもパワーポイントでポスターらしく作っておくようにお願いして本日の会議を終了した。   

  それから2日後、施作の一覧性を持たせた表とVMVのパワーポイントが送られてきた。西田部長からの返信は、

「体裁を整えていただいたら、立派な理念ができた・・・・・気がしてきました。」「・・・・・・・・」は何か言わんとするところがあるのだろうが冗談混じりにも喜んだ表情が目に浮かぶ返信メールだった。

 

整理して行こう。出来上がった理念は以下のようなものだ。

 

1.ビジョン(私達の目標)

【Always Fun for Fan】

  社内外の全ての関係者から信頼され、愛される研究所になります。

 

2.ミッション(私達とは)

【明日を拓く価値創造エンジン】

       ー私達は、新価値・新技術で明日を創ります。ー

 

3.バリューズ(私達の大事にしたいこと)

【お客様の気持ちで、技術を極める】

【新しい技術と可能性を探求する】

【自ら考動する】

【互いを認め、アイデアを育む】

改革ミーティング5回目

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